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2022.06.29

『新しい・障がい理解ハンドブック』の出版


関西福祉大学社会福祉学部(兵庫県、学部長 中村剛)では、2021年度ソーシャルワーク実習の一環として、障がい理解を深めてもらえる冊子づくりに取り組みました。それがこのたび本になりました。

本書は、「障がい」についての知識や配慮の仕方だけではなく、障がいがある「人」に焦点を当て、障がいについての「考え方」を深めてもらえる内容になっています。

本書が障がい理解の一助となることを願っています。

本書は楽天やAmazon等から購入できます。
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『新しい・障がい理解ハンドブック』概要

はじめに

社会の中には、子ども・大人・高齢者、女性・男性・LGBT+、病気がある人とない人、障がいがある人とない人、国籍など、さまざまな人がいます。しかし現代社会は、「多くの人たち(多数派)」と「生産性(仕事をしてさまざなことを生み出すこと)」を軸に組み立てられていますので、少数派の人たちと関わる機会は限られます。

障がいがある人は、特に、その障がいが重ければ重いほど、他の人と関わる機会は限られがちです。すると、その人たちに対する適切な理解は得られず、結果、見下されてしまう、ということも起こり得ます。これは、障がいがある人たちにとっては生きづらい社会です。そうならないための取り組みの1つが「障がい理解」です。

多くの自治体で、「障がい理解ハンドブック」「障害のある人を理解するためのガイドブック」「障害のある方への理解や配慮に関するハンドブック」といった冊子が作成されています。そこには、身体障がい、知的障がい、精神障がい、発達障がい別に、①障がいについての基礎的な知識、②困っていること、③配慮事項などが、分かりやすく説明されています。それらは、共生社会を実現するために必要な「知識」や「配慮の仕方」です。
ここでは、共生社会の実現のためにはそれらに加え、「障がいについての見方・考え方」が必要であると考えます。そのため、本書ではそれを、「広く、深く、そして分かりやすく」まとめました。ここが「新しい・障がい理解ハンドブック」とする理由です。

「考え方」の基盤にあるのは、「障がいがある人」と「障害」を区別することです。「障がいがある人」に目を向けたとき、その人たちが、しばしば「尊厳」が傷つけられたり、不平等を被ったりしている現実が見えてきます。一方、「障害」とは、「心身に障がいがある人」と「社会的環境」の間で生じる「不自由や制約」のことです。ここを理解すれば、そうした障害を生み出す「社会的環境」は改善していかなければならないことが分かります。

さて、そうは言っても、障がい児・者の問題は多くの人にとって「他人事」になっていないでしょうか。この本では、「わが事」とまではいかなくとも、そこにある問題に関心をもっていただきたいため、第1章では架空ではありますが、ある家族の物語を作成しました。これにより「地域で暮らす人や家族の問題」であることを感じてもらいたいと思っています。第2章では、障がいがある人に対する理解を、社会の人々の見方、障がいがある当事者の声、ある母親の願い、高次脳機能障害者の当事者という4つの観点から描きました。第3章では、「障がい理解」のポイント、最も大事なことをまとめています。ここは、この本の中心となる箇所です。第4章は、心身の障がいについての基礎知識をまとめています。こうした知識が、障がいがある人との円滑なコミュニケーションを可能にします。第5章は、障がいがある人が差別や不利益を被らないために必要な合理的配慮について、簡単にまとめています。合理的配慮は、共生社会実現のために必要なマナーと言えます。第6章では、障がい理解を深めるために避けて通れない重要なテーマについて考察しています。どれもが大変に難しいテーマなので、よりよい理解を得るための参考にしていただければと思います。最後の第7章は、共生社会を実現するための原理について論じています。第6章と第7章は、この本の独創的な箇所です。

この小さな本に込められた、「障がいの有無にかかわらず、一人ひとりの尊厳が尊重され、障がいがゆえの不平等が解消される」という大きな願いが、手に取られた方の心に届くことを願っています。
 

関西福祉大学社会福祉学部
学部長 中村 剛

 

第1章 ある家族の物語

1.出生時―出生前診断と親の思い―
2.生まれてから小学校まで
3.ある中学生の疑問
4.進路
5.地域で家族と暮らせない

第2章 障がいに関する現状

1.障がいがある人に対する4つの見方
2.いくつかの現実
(1)駅ホームの転落死
(2)精神疾患がある人に対する理解
(3)医療的ケア児をもつ養育者の困難
3.当事者からみた障がい
4.ある母親の願い
5.高次脳機能障害者の私が生きる世界と経験

第3章 障がいに対する見方・考え方

1.障がいは多様性の1つ
2.「障がいがある人」と「障害」を分けて考える
3.障がいがある人に対する理解,その1―尊厳―
(1)障がい者である前に一人の「人」です
(2)尊厳という価値
4.障がいがある人に対する理解,その2―平等―
(1)平等の配慮と敬意
(2)ケイパビリティの平等
5.「障害」に対する理解
6.「障がい」理解において大切なこと
(1)障がいや難病と心の傷
(2)相手の立場に立つ、そして自尊心

第4章 障がいに対する知識

1.目に見える障がい
(1)肢体不自由
(2)視覚障がい
2.目に見えない障害
(1)聴覚障がい
(2)知的障がい
(3)精神障がい
(4)発達障がい

第5章 障がいがある人に対する合理的配慮

1.合理的配慮
(1)共生という理念
(2)共生のマナーとしての合理的配慮
2.学校における合理的配慮
(1)学校における合理的配慮とは
(2)各学校における合理的配慮の提供のプロセス
3.職場
(1)合理的配慮の提供
(2)合理的配慮の手続き
4.マークが示す合理的配慮
(1)聴覚障がい者と耳マーク
(2)「白杖SOSシグナル」普及啓発シンボルマーク
(3)ほじょ犬マーク
(4)内部障害とハート・ヘルプ マーク
(5)ヘルプマーク
5.知ってほしい病気や現実
(1)筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)
(2)脳脊髄液減少症
(3)『二平方メートルの世界で』が示す世界

第6章 障がい理解を深める

1.障がいがある人とない人の距離を縮める
2.障がいと迷惑
3.出生前診断による中絶について
4.「障がい者は不幸」という不適切なテーマ設定
5.どうすれば心身の障がいを心底肯定できるか
(1)尊厳という内在的価値
(2)障がいがもたらす苦しみと天からのギフト
6.心身の障がいの潜在的可能性―能力・生産力とは異なる光について考える―
(1)安心して暮らせる社会を照らす光
(2)多様性を尊重することの大切さを照らす光
(3)支え合いの大切さを照らす光
7.「普通」という排除の仕組み・意識と多様性の尊重
8.障害者ではなく潜在能力者へ―障害者という名称を再考する―
9.社会的弱者ではなくバルネラブルな人たち

第7章 共生社会を実現するための原理

1.正義と権利
2.共感と倫理
3.尊厳を顕在化させる2つの原理

おわりに

近年、パラリンピック大会などの障がい者スポーツの分野において、パラアスリートの超人的な活躍によって、障がいのある人の持つ強さや可能性を感じとれる機会が増えてきました。障がいのある人には、事故や病気等で後遺障がいが残った方(中途障がい)と障がいを持って生まれて来た方(先天障がい)という分類の仕方もありますが、障がい者スポーツでは、障がいの部位や程度などに応じたクラス分けやルールを設定して、各種競技大会が行われています。また、障がいの有無を問わずに一緒にスポーツを楽しむ(ユニバーサルスポーツ)機会も増えています。こうした機会を通じて、私達の身近な場所で様々な悩みや社会の課題に向き合い、挑戦されている障がいのある人にも、もっと眼が向けられるとようになればと感じています。

さて、本書の第一章「ある家族の物語」の中には、障害者支援施設赤穂精華園のご利用者や家族の方エピソードが、織り込まれています。皆さんにも、子どもの頃に「障がいのある友達」と一緒に遊び、学んだ思い出がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

幼い子どもは、友達の障がいを気にすることなく、一緒に遊びはじめます。その子どもが、友達の障がいに気づき、障がいのあるともだちに対して「自分と違う」、「可哀想」といった素直な感情を持った時が、無意識に「障がいの無い自分」と「障がいのある友達」を区別する「見えない壁」を作ってしまう始まりになるのかもしれません。障がいのある子ども(人)にとって、障がいがあるために区別され、時には排除されるという経験を重ねることで、自己肯定感や自分の存在価値、有能感などの成長が阻害され、人生の様々な場面での選択肢や可能性を狭めてしまっている要因の一つになっているように思います。障がいのある子ども(人)達にこそ、幅広い分野において、選択肢や挑戦権が用意される社会であることが、必要なのではないでしょうか。

自己責任論が幅をきかせている現代社会では、自分達(多数派)と異なる人(少数派)を排除したり分断したりする傾向が拡大しているように感じます。多くの人にとって、普段の暮らしに中で、障がいのある人と深く関わったり、「障がい者問題」について考えたりする機会は多くないかもしれません。しかし私達は、自分の人生のどこかの場面で、障がいのある人と出会い、共に社会生活を営んでいるはずです。また、今は自分には関係が無いという人でも、年齢を重ねる中で病気や怪我などを経験し、いつか自分自身も「障がいがある人」と同じ境遇になっていくでしょう。障がいを持って生きることが他人事では無いということに加えて、「障がいを理解する」ということの本質的な意味合いには、いじめや自殺、ひきこもり、孤独死といった深刻な社会問題の背景に通じるものがあります。

「障がいのある人」を生産性や市場価値が低い人と一面的に捉えるのでは無く、困難な状況でも自分らしく生きようとしている人、輝いている人だと前向きに評価し理解できる人を増やしていくことは、「全ての人が生きやすい社会」を創造していくことに繋がる有効な方法だと思います。

本書をお読みいただいた皆さん方の中には、地域福祉や福祉教育、障害福祉サービスの事業等に関わられている方、これから福祉を学びたいと思われている方がいらっしゃると思います。是非、本書をご活用いただいて、一人でも多くの人、特に未来を担う子ども達に、「障がいがある」ということについての理解を深めてアップデートできるように、幅広い分野で「障がい理解を深める」取り組みを進めていただくことを期待しています。
 

赤穂精華園
園長 志水 満