愛着と「本当ではない信号」
なんだかんだで、このコラムも5本目になります。
ここのところ、支援というものにまつわるスタンスに関することをテーマにしていましたので、今回はこれまでに私が出会ってきた子ども達のお話、特に「愛着」のお話をしたいと思います。
以前にもお話ししましたが、私は虐待を受けた子どもたちの心のケア(あまり好きな言葉ではありませんが)というものをしてきました。
その中で、いつも大きなテーマになるのが「愛着」という考え方です。
「愛着」はよく「愛情」と同義に使われてしまいやすい言葉ですが、実際はかなり異なります。
少しややこしい説明になりますが、「愛着」は、子ども達が何らの理由で不安・脅威を感じた際に、「保護され、安全・安心を得たい」という本能的な欲求が生じ、それに基づいた行動を特定の他者に対して行い、その他者からその欲求・行動に繰り返し応えてもらうことで形成される「緊密な情緒的結びつき」を意味します。
この時、特定の他者のことを「愛着対象」と呼び、親が選ばれることが多いですが、親以外の場合もあります。
日常生活の中で、養育者としてその子どもに一貫して心身のケアを行い、思い入れを持ってくれている人が選ばれやすくなります。
また子ども達が起こす行動は「愛着行動」と言い、幼少期では「(愛着対象に)近づき、ひっついたままでいる」という行動が見られます。このようなやり取りを通して、お互いの情緒的な結びつきが強化されていくわけですが、当初、子ども達にとって養育者の存在は自分の安心を回復するための「避難所」としての役割を果たしています。
しかし、その後はしだいに外の世界をより積極的に探索していくための「安全基地」の役割も果たしていくようになります。
つまり、危なくなったらいつでも戻ってこられる場所を得て、外の世界でいろんなことにチャレンジするようになっていくわけです。
以上が「愛着」の説明になりますが、私が接してきた虐待を受けた子どもたちの中には、この「愛着」に課題を抱えていることがあります(ただし、レッテルを貼ってはいけません)。
児童虐待に特徴的であるのは、子どもがその発達期に親密な関係を持つはずである人(例えば、親)から反復的・慢性的に受ける被害であるこということです。
つまり、愛着の視点から児童虐待を眺めると、本来、自分を守ってくれるはずの人から攻撃を受けていることになります。
このような状況下では、典型的には安心感の源泉になるはずの人が恐れ・不安の源泉となっていますので、子ども達は自分の安全・安心を回復するための方法を学ぶことができなくなります。
また一方で、自分の愛着欲求を直接親に向けると、逆に自分自身が脅かされてしまうということを学んでしまうことになります。
そこで子ども達は、自分の様々な欲求を他者にまっすぐに伝えられず、いわゆる「本当ではない信号」を出すようになることがあります。
これが時に「問題行動」として、周囲にとらえられてしまいます。
しかし、この「問題行動」という表現は、子ども達の立場になって考えてみると失礼な表現であり、本来はやむにやまれぬ「表現行動」なのではないかと思いますし、そこには子ども達の切実な願いが潜在しているのではないかと思います。
ですから、子ども達の行動の表面的な良し悪しにとらわれないことが大切になります。
子ども達の行動を通して、その子が成育史の中でどのような体験を積み重ねてきたのか、その結果、自分自身のことや周囲の世界をどんな風に眺めるようになり、どのような関係を持つに至ったのか、そして、できれば、これからどのような体験を繰り返しできれば少し荷をおろせるようになるのか、このようなことを考えていくことが大切なのではないかと思います。
冒頭で「愛着」は「愛情」とは違うとは言いました。
愛情の方を定義するのはかなり難しいですが、よく「愛情が足りている、足りていない」という過不足の話になりやすいです。
しかし、愛着という言葉は、量の過不足よりも、子どもと他者・世界との関係の「質」を見る視点ではないかと思います。
RELATED POST関連記事
-
2021/05/31 スポーツ福祉専攻海外経験で得たもの私は、23歳から30歳までヨーロッパ各国でのバレーボールの武者修行に行っていました。 若い時から、漠然と「ただ一時的に海外旅行へ行くのではなく、海外に住んで、違う文化で暮らしている人達が [...続きを読む]
-
2020/04/30 こども福祉コース子どもは認められると開花する私が大学を卒業して勤めていた児童相談所の一時保護所での話です。 ある日、小学5年のT君が入所してきました。 入所理由は誰彼なしに大きな声で暴言を吐くので、近所の人から「『きちがい(放送禁止用語)』がい [...続きを読む]
-
2022/05/12 総合福祉コース自粛警察新型コロナ感染症の拡大を防止するために、緊急事態宣言下では、飲食店の営業等の自粛や外出自粛が要請されています。 しかし、この営業自粛や外出自粛の要請に応じない、あるいは応じていないと思わ [...続きを読む]
LATEST POST最新の記事
-
2023/02/26 こども福祉コース変わるのはだれか本学で行っているSDGs(持続可能な開発目標)の取組み。 今となっては生活していればあらゆるところで耳にする言葉なのではないでしょうか。 先進国から開発途上国への一方的な「支援する−支援 [...続きを読む]
-
2023/02/07 総合福祉コース支援を支える考え方の一つ私たちの行動は、目的を果たすために行われます。 例えば「大学に行きたいから、勉強する」し、「全国大会に行きたいから、練習する」といった具合です。 だから目的を果たせないと分かっていたら、 [...続きを読む]
-
2023/01/21 総合福祉コース政教分離と私立学校高校生から「うちの学校では宗教の時間がある。これは憲法違反ではないのか。」と質問されることがあります。 確かに、日本国憲法第二十条「①信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる [...続きを読む]
コラムTOP
執筆者
タグ一覧
- ALS
- ICT
- PTSD
- SDGs
- あたりまえ
- かけがえのなさ
- つながり
- アスリート
- エンパワメント
- オンライン授業
- コミュニティ
- コラボレーション
- コラム
- コロナ
- コーチ
- コーチング
- コーチ哲学
- ジャージ
- ストレス
- スポーツ
- スポーツウェア
- スマホ
- ソーシャルディスタンス
- ソーシャルワーク
- ダイバーシティ
- デザイン
- トラウマ
- ノーマライゼーション
- ノーマリゼーション
- ハラスメント
- バレーボール
- ホーム
- ボランティア
- メンタルヘルス
- レジリエンス
- 不平等
- 人生
- 人生100年時代
- 人間関係
- 介護
- 体育
- 依存
- 児童虐待
- 共生
- 冷蔵庫マザー
- 協働
- 協力
- 印象
- 危機管理
- 問題行動
- 国家試験
- 声なき声
- 多文化
- 多文化共生
- 多様性
- 多職種連携チーム
- 大学教育
- 子ども
- 子ども支援
- 子ども食堂
- 学会
- 宗教
- 実習
- 尊厳
- 差別
- 平等
- 幸せ
- 復興支援
- 心理療法
- 怒り
- 性格
- 悩み
- 愛情
- 愛着
- 感性
- 感染症
- 成年後見制度
- 授業
- 援助
- 支援
- 政策反映
- 教養
- 文化
- 正しさ
- 正義
- 活動
- 海外研修
- 渡航医学
- 災害ボランティア
- 災害時要配慮者
- 生活困難
- 異文化
- 真実
- 矛盾
- 知性
- 知的障がい
- 研究
- 社会福祉士
- 福祉実践
- 福祉思想
- 福祉教育
- 科学
- 移植
- 精神障がい
- 経済
- 脳死
- 臨床心理学
- 自尊心
- 自己覚知
- 自己責任
- 自立
- 自粛警察
- 自閉症
- 若者
- 虐待
- 表現行動
- 観光
- 認知
- 認知症
- 読書
- 路上生活者
- 連携
- 適性
- 重要な一冊
- 障害当事者の声
- 障害者権利条約
- 難病
- 高齢者
- 高齢者福祉