コラム

なぜ、勉強するのか?

 
私が小学生の頃に「クイズ面白ゼミナール」という番組がありました。
「知るは楽しみなり」という司会者の一言で始まる番組です。

私もこれまでに、何度となく「なぜ、勉強するのだろう?」と考えてきましたが、最後は「知るは楽しみなり」に行き着きます。

世の中には、不思議なことや知らないことがたくさんあり、それは「どうして?」「なんで?」という疑問形で語られます。
その答えを知って「へぇー、そうなんだ」と納得するときもあれば、「ほんまかいな?」とさらに疑問を深めることもあります。
いずれにしても自らが持つ疑問を解消するためには、これまでに蓄えた知識に加え、新たな知識の獲得が求められます。
「知らなかったことを知る」ために勉強すれば、確かに「楽しみ」といえるかもしれません。

私は歴史、特に日本史が大好きで、昔の人の暮らしぶりや当時の出来事に大変興味があります。
しかし、「平安時代の人はどのような生活をしていたのだろう?」と疑問に思っても、タイムマシンでもない限り、そのことをリアルに知ることはできません。そこで、平安時代について書かれた書物などを読んで当時の生活を頭の中で想像していると、とても楽しい気持ちになってきます。

「勉強」と聞けば、私たちは「学校教育」を連想し、「やらなければならないモノ」として捉えがちです。

しかしその発想では、「疑問を持つこと」よりも「すべきこと」が先立ちます。
それはそれで役に立つこともあるでしょうが、やらされる勉強は楽しくありません。
しかも「勉強」と「学校」をイコールで結んでしまうと、学校で習った範囲内で生じた疑問しか解消できません。
それでは、日常生活の中で生じた疑問を解消するという勉強本来の意味が薄れてしまいます。

私たちは、日常生活でさまざまな疑問を抱きます。

その疑問はどんなに小さくても、人から見ればくだらなくても、私にとって大問題です。
スマホのゲームをしていて、どうしても勝てない相手に出くわせば、自分にとっては大問題です。
その大問題を解くためには知識が必要となります。
その知識を獲得するために勉強するのだから、なにも学校に限定する必要は無く、例えば野に咲く花の名前に疑問を抱いて調べれば、それは立派な勉強です。

知らないことを知れば自分が豊かになっていきます。
不思議に思ったことを乗り越えるための知識を獲得することが勉強です。乗り越えた達成感は喜びであり、楽しみとなります。
だから、どうか学校の勉強だけを勉強と思わないでください。

この記事を書いた人
岡崎 幸友
岡崎 幸友 - おかざき ゆきとも -
専攻は倫理学で、特に「善の実現に至る道筋」に関心があります。また独我論からの脱出が課題です。

RELATED POST関連記事

  • 谷口ゼミの実践領域
    最近の活動では、 「障害者の高齢化に伴うさまざまな課題への対応」と 「障害者虐待に係る対応」 が中心となっています。 障害者の高齢化により、わが国の法制にはいくつもの狭間や課題があること、法制以上に私 [...続きを読む]
  • 虐待を受けた子ども達を支援する
    第1回 人を支援するということ 本稿では「虐待を受けた子ども達を支援する」ということをテーマに、思いつくままに書き進めたいと考えています。 テーマを見ると、虐待という言葉の方が印象に残りやすいと思いま [...続きを読む]
  • 認知症の人は「言ってもすぐ忘れる人」なのか?
    多くの人は、認知症や知的障害のある人のことを「何も分からない人」「言ってもすぐ忘れる人」と考えているようです。 しかし、近年の研究では、認知症の人は10分前にご飯を食べたことを忘れるなど、最近おこった [...続きを読む]

LATEST POST最新の記事

  • 成功のカギは、結果が出るまで「待つ」ことができるかどうか
      競技スポーツには常に勝者と敗者が存在し、その差はごく僅か、紙一重です。 勝ち負けは2分の1、5割の確率で決まりますが、アスリート個人のパフォーマンスはどのくらいの確率で「成功」となるので [...続きを読む]
  • 言うまでもないこと
      先日、「暗黙の了解です」「言うまでもない前提なので」という事態に直面しました。 個人的には「ちゃんと言ってくれていたら・・・」という気持ちになりましたが、このような言わずもがなの事項は身 [...続きを読む]
  • 色彩と印象
      人は、第1印象(1秒~6秒程度)を、 ①外見や服装 ②表情・視線 ③話し方・声の質 ④しぐさ・姿勢 ⑤話す内容 で決定しているそうで、このことを「初頭効果」と言います。 初頭効果とは、最 [...続きを読む]
PAGE TOP