コラム

遊びのない福祉

 
市販されている自動車のハンドルには、必ず「遊び」が設けられています。
これは事故を防止する上でもとても大事なもので、この「遊び」がないと、僅かでもハンドルを切っただけで車の方向が変わってしまいます。

この「遊び」の部分が、今の福祉サービスのほとんどで抜け落ちていることを知っている人は、もはや少数になってしまったかも知れません。

1990年代後半(介護保険制度施行直前)に、福祉サービスの費用の算定方法が、それまでの「人件費」補助方式から「事業費」補助方式に変更されましたが、この時代を経験した方でなければ、実感として伝わりにくいかもしれません。

少し説明が必要ですが、「人件費」補助方式では、専門職が「何時間従事」したかで費用が算定されるのに対し、「事業費」補助方式では、「何を」したかで費用が算定されます。
ホームヘルプサービスを例に見ると、1990年代後半までは、ヘルパーが訪問した時間に応じて費用が算定されていましたが、事業費方式では、具体的なサービス内容を規定し、それぞれの行為に必要な時間を積み上げた形で算定されます。
今の介護報酬で、30分単位で設定されているものは、これらサービスの積み上げに基づいたものです。

この影響ですが、介護や福祉サービスの質の向上に一定の寄与をしたこと、効率化等により公費や保険料支出に無駄が生じることを回避するといったプラスの面が大きいと言われています。

一方で、この効率化が介護や福祉から奪い去ったものがあることを忘れてはならないでしょう。

かつて、高齢者宅や障害のある人の自宅にヘルパーさんが訪問した際には、おおむね2~3時間滞在することが少なくありませんでした。
その間に、食事の介助(調理を含む)や、掃除・洗濯といった支援をするほか、ゆったりとした時間の中で、その人の話し相手となることがとても大事な役割として認識されていました。

ところが、今日では、分刻みの業務に追われ、その「人」とゆっくり接することも難しくなっています。

遊びに対して、公費や保険料を投入するゆとりがなくなりつつある今日、この失われたものを取り戻すためのしかけが必要であると思われます。
 

この記事を書いた人
谷口 泰司
谷口 泰司 - たにぐち たいじ -

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