コラム

「大切なこと」をスケッチする⑥―ALSとソーシャルワークの思想―

 
7月24日(金)の新聞の一面に、「ALS(筋萎縮性側索硬化症)女性に薬物投与、嘱託殺人容疑として医師2名逮捕」というニュースが報じられました。

女性のツイッターには「屈辱的で惨めな毎日がずっと続く。ひとときも耐えられない。安楽死させてください」と綴られていました。

ALSは、やがては全身の筋肉が侵され、最後は呼吸の筋肉(呼吸筋)も働かなくなって大多数の方は呼吸不全で亡くなります。

そこには、当事者でなければわかり得ない苦しみ、痛み、恐怖があると推察されます。

ツイッターの言葉は、そうした中から発せられたものなのでしょう。
しかしその一方で、その女性について「ALSでも幸せだと言っている患者がいることをどれだけ知っていたのだろうか」と自身のブログで述べているALS患者の方もいます(毎日新聞7月27日25面)。
 
 
この事件について、ソーシャルワークと福祉思想という観点から、次のように考えます。

亡くなった方は、ご本人が「屈辱的で惨めな毎日」と思い感じる環境の中で生きていました。

言い換えれば、ALSという状態を肯定できない環境の中で生きていました。

でも、人間一人ひとりには、「生きたい」という“いのち”の叫び、「この世に生を受けた自分自身の固有の役割を発揮したい」という“人格”の呼びかけが、潜在的にあると思います。
 
 
 こうした声、聴き取りにくい声に気づき応えること。
 
 
これが福祉思想の根幹にあります。

そこからソーシャルワークという活動も生まれます。

ソーシャルワークでは、ALSを否定的に捉える環境を改善することで、その人の中で潜在化している「生きたい」、「自分固有な役割・使命を発揮したい」という願いを顕在化させようとします。

こうしたアプローチ・考え方をエンパワメントといいます。ALS患者の方の願いは、多様性のある社会に大きく貢献するでしょう。

ソーシャルワークにおける実践原理にThe feeling of being necessaryがあります。

これは、「あなたは必要で、とても大切な存在です」と思い感じ、そうした周囲の人の思いがゆえに「自分は必要で大切な存在」と思い感じる、そういった感覚を表す言葉です。

ソーシャルワークがもっているこの感覚が社会に広がることで、ALS患者の方一人ひとりが「生きたい」、「自分自身の固有の役割を発揮したい」と思える環境に変えていくことが、切に求められています。
 
 

この記事を書いた人
中村 剛
中村 剛 - なかむら たけし -
福祉現場の経験と哲学という営みを通して、社会福祉の根拠となる「知」を明らかにしたいと思っています。

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