「大切なこと」をスケッチする⑧ ―読書体験の可能性―
全国大学生協連(東京)の昨年の調査によると、大学生の48%が、1日の読書時間は「ゼロ」と回答しています。
一方、多くの人が「読書は大切」と言います。
大切である理由は、突き詰めて言えば、「人生に役立つから」というものです。
ただこれでは、読書は「人生の役に立つ」という目的のための「手段」になっています。
これとは別の理由を考えてみたいと思います。
本を「読む」とはどういうことでしょうか。
まず思い浮かぶのが、「物事のやり方や人生観を含め知識を得る」ということです。
なぜ読むかというと、知識がつく、思考力がつくからです。
これらは「人生に役立つ読書」といえます。
加えて、「本を読む」ことは「物語を理解する」といった場合もあります。
これは、必ずしも人生に役立つわけではなりません。
きっと、「面白いから読んでいる」のでしょう。
この場合は、読書をすること自体が「目的」となっています。
読書は「楽しみ」を提供することもあります。
しかし、読書には別の可能性があります。
古典と呼ばれ読み継がれている本を例にして、なぜ、地域・時代を超えて読まれているのか考えてみましょう。
例えば『星の王子さま』には、次の言葉があります。
「おれ(キツネ)の目から見ると、あんた(王子さま)は、まだ、いまじゃ、ほかの十万もの男の子と、べつに変わりない男の子なのさ。だから、おれは、あんたがいなくなったっていいんだ。あんたもやっぱり、おれがいなくたっていいんだ。あんたの目から見ると、おれは、十万ものキツネとおなじなんだ。だけど、あんたが、おれを飼いならすと(仲良くなると)、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃいられなくなるよ。あんたは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんたにとって、かけがえのないものになるんだよ…」
サン=テグジュペリ著,内藤 濯訳『星の王子さま』p94. ( )内は私が挿入しました。
ここには、人は仲良くなる(絆を結ぶ)と、互いに“かけがえのない存在になる”という真実が語られています。
「読む」とは、こうした、真実についての語り・言葉を聴くことでもあるのです。
ここでいう真実とは、人間の本当の姿(良い面だけでなく悪い面も含めて)、人間にとって大切なこと(真理、善・正義、美、聖など)を意味します。
私たち人間は、物質的なもの、承認(人から認められること)を求め、人によっては、名誉、権力・地位を求めますが、それだけではありません。
人は真実を求めます。
それは、精神的な世界を生きる人間の最も本源的な欲求といえるでしょう。
この本源的な欲求に応える体験が読書であり、だから、読書は、「役に立つ」、「楽しい」といった次元を超えた「充実感、真実に触れた喜び」をもたらします。
私たちは、真実への欲求を潜在的に宿していいます。
読書は、それを顕在化させてくれる最も身近な営みです。
真実に触れた時、心は満たされ、世界は違った風に見えます。そうした体験こそが、読書のさまざまな可能性の中心にあるものだと思います。
読書は、それ自体が私たちにとって価値あること(目的)となる可能性を秘めているのです。
RELATED POST関連記事
-
2020/04/30 総合福祉コース自分が生まれてきた理由(意味)―私の幸福論自分が生まれてきた理由(意味)は何だろう。 普段、こんなことを考える人はめったにいないと思います。この手の問いを考えるのは、なんらかの理由で悩んでいる人か、文学や哲学が好きな若者と相場が決まっています [...続きを読む]
-
2020/05/01 こども福祉コース正しさはコワイ② 支援者が陥りやすい罠体罰やパワハラ・虐待などの背景には加害者側が信じる「正しさ」があり、それが強い怒りと激しい攻撃を正当化させることは前回お伝えしました。 今回は、相手を正そうとすることに関連した話題を書きたいと思います [...続きを読む]
-
2020/12/29 総合福祉コース福祉はゴール?でもなんでもない!「ローマ人の物語」の作者である塩野七海さんは、著書の中で「福祉によって誇りは満たされない。」と述べています。 この言葉だけだと誤解を招く(福祉は必要ではない等)ので、今少し考えていく必要 [...続きを読む]
LATEST POST最新の記事
-
2021/01/19 総合福祉コースコミュニティによい実践② ~観光スポットの分析~2018年10月、『兵庫県赤穂市GAP調査報告書』が公表されました。 この報告書は全94頁、赤穂市のHPでどなたでも閲覧できます。実際の調査では全国1,052名もの協力者が回答しており、 [...続きを読む]
-
2020/12/29 総合福祉コース福祉はゴール?でもなんでもない!「ローマ人の物語」の作者である塩野七海さんは、著書の中で「福祉によって誇りは満たされない。」と述べています。 この言葉だけだと誤解を招く(福祉は必要ではない等)ので、今少し考えていく必要 [...続きを読む]
-
2020/12/19 総合福祉コース私の愛する音楽家~バッハ~私が10年間かけて続けてきた活動の一つに、介護保険施設での音楽ボランティア活動があります。 音楽は演奏する側も聴衆側をも幸せにします。 今日は、私が愛してやまない音楽家バッハの生涯をたど [...続きを読む]
コラムTOP
タグ一覧
- ALS
- ICT
- PTSD
- SDGs
- あたりまえ
- かけがえのなさ
- つながり
- エンパワメント
- オンライン授業
- コミュニティ
- コラボレーション
- コラム
- コロナ
- コーチ
- コーチング
- ストレス
- スポーツ
- ソーシャルワーク
- トラウマ
- ノーマライゼーション
- ノーマリゼーション
- ホーム
- ボランティア
- メンタルヘルス
- 不平等
- 人生
- 介護
- 体育
- 依存
- 児童虐待
- 共生
- 冷蔵庫マザー
- 国家試験
- 声なき声
- 多文化共生
- 大学教育
- 子ども食堂
- 学会
- 差別
- 幸せ
- 心理療法
- 怒り
- 悩み
- 愛着
- 感性
- 感染症
- 成年後見制度
- 授業
- 支援
- 政策反映
- 教養
- 正しさ
- 正義
- 活動
- 海外研修
- 災害ボランティア
- 災害時要配慮者
- 生活困難
- 真実
- 知性
- 知的障がい
- 福祉思想
- 福祉教育
- 科学
- 移植
- 精神障がい
- 経済
- 脳死
- 自尊心
- 自立
- 自粛警察
- 自閉症
- 若者
- 虐待
- 観光
- 認知
- 認知症
- 読書
- 路上生活者
- 重要な一冊
- 障害当事者の声
- 障害者権利条約
- 難病
- 高齢者