コラム

その時その時を生きることの幸せ

高校生諸君、世の中は思うようにいかないことが多い。

私は、幼少の頃はずっとそうだった。

5歳の時、母は死んだ。

父(後に叙勲をもらった立派な父)は居たけど、仕事ばかりで、私はほとんど関わった覚えがない。
私は叔父、叔母に育てられた。後に義母が来たけれど、私を捨てて出ていった。

私は不安で、頼りは私自身だった。

幸い小学校4年生の時に、小学校一番のかけっこの名手になった。
みんなちやほやしてくれる。不安が徐々に薄れていき、私はスポーツが好きになった。

それ以後、スポーツで一番になることだけが私の生きがいだった。

しかし、相変わらず誰も信じられない、誰とも腹を割って話し合わない。
そんな日々が続いた。私は高校を卒業するとすぐ家を出て、ある地方の国立大学に進学した。

そうしたら、なんじゃー。授業がないー。
キャンパスは閑散としていた。
私たちは、東京大学の入試が唯一なかった年に入学したものたち。

ベトナム戦争が起こり、ベトナムを戦火に巻き込んだ米国に反感を持った学生たちによる全国的な大学紛争が起こった。

東京大学安田講堂学生による占拠、私が行った大学も、警官と学生の小競り合いで死人が出た。

今のCOVID-19騒動とはまた異なるが、まるで戦争下のような時代であった。

授業がなく、特に大学からの指導もないので、毎日のんびりして居たら、核マル、民青、全共闘その他の思想グループが下宿に来て、夜な夜な私に説教する。

のんびりしているのが国賊のように言われた。

でも、必死に生きた。

好きなスポーツ(陸上競技)があったから生き延びることができた。

それに好きな彼女も居たしね・・・。

なぜ私がそんな大変な幼少期と青年期を生き抜くことができたか・・・。

それは、どんな辛い時でも、生きていれば、頑張っていれば、希望を持って生きてさえいれば、いずれは必ず良いことがあると信じていたからさ・・・。
当時を振り返ると、生活を工夫し、作戦を練って、よい結果を出そうと努力していた。その結果、その時その時を生きることの幸せを感じて生き抜くことができたんだ。

この記事を書いた人
高田 哲史
高田 哲史 - たかた てつし -
てんびん座、好きな食べ物はカレーライスと焼き肉です。大学教員になって7年(最初の5年は非常勤講師のみ)、2017年度から8年目に入ります。やっと大学の仕事にも慣れてきて、これから大学のために全力を尽くし貢献したいと思います。また、研究活動にも力を入れて、学術の世界でも役に立つことができるように頑張ります。よろしくお願いいたします。

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