コラム

虐待を受けた子ども達を支援する

第1回 人を支援するということ

本稿では「虐待を受けた子ども達を支援する」ということをテーマに、思いつくままに書き進めたいと考えています。

テーマを見ると、虐待という言葉の方が印象に残りやすいと思いますが、まずそのお話を始める前に「支援する」こととはどういうことなのかについて簡単に触れ、コラム連載の導入に当てたいと思います。

人を支援するということは、一般的には良いことと考えられがちです。
実際、支援が他者の善意で成り立っているということも少なくありませんし、それが悪いとも言いきれません。

しかし、支援というものを無条件に良いこととしてもよいのでしょうか?

私は臨床心理士で普段、心理療法を行なっています。
心理療法を例に、支援を受ける人と支援を提供する人との関係に目を向けてみたいと思います。
実は多くの人が指摘してることなのですが、心理療法を行なう人と受ける人の関係というのは平等な関係ではありません。
むしろ侵襲的な関係ですらあります。
例えば、専門知識を持つ人とそれを必要とせざるえない人、個人情報の開示を求められる人と受け取るだけの人、お金を払う人ともらう人…といったように、不平等性がそこに横たわっています。
こういった不平等性は、ある意味においては、クライエントが不遇な立場にあることを強めてしまうことがあります。
これは心理療法に限ったものではありません。
自分自身が他者の助けを得たいとは思っていても、自分がそういった立場に陥っていると感じることは、人の自尊心を低下させることがあります。

人の助けが必要にも関わらず、求めようとしない時、その理由の一つには、このようなことも背景にあるのではないかと思います。

我々が人を支援しようとする時、こういった不平等性に気づく、心の細やかさというものを大切にする必要があると思います。

この記事を書いた人
高田 豊司
高田 豊司 - たかた とよし -
心療内科クリニック、スクールカウンセラー、重症心身障害児施設等を経て、児童養護施設の心理職として勤務してきました。授業だけではなく、現場で役立つ実践的な学びが得られる機会を作っていきたいと考えています。また研究室が、在学中のみならず、卒業後の学生の皆さんの心の拠り所となれば考えています。

RELATED POST関連記事

  • 「新型コロナと福祉思想」その5―経済活動への眼差し、アルフレッド・マーシャルの視点―
    一方で感染拡大を防ぎながら、もう一方で経済活動を徐々に再開させていく。 いま、そうした状況にいます。 私は経済学者ではありませんが、経済学にはアルフレッド・マーシャルの「Cool Heads but [...続きを読む]
  • 子どもは認められると開花する
    私が大学を卒業して勤めていた児童相談所の一時保護所での話です。 ある日、小学5年のT君が入所してきました。 入所理由は誰彼なしに大きな声で暴言を吐くので、近所の人から「『きちがい(放送禁止用語)』がい [...続きを読む]
  • 援助という後ろめたさ
      コラム投稿も第4回目となります。 第1回目は、援助関係には不平等性が潜在しており、人の支援をしようとする者は、それに気づく、心の細やかさが大切だというお話を書きました。【第1回コラム(リ [...続きを読む]

LATEST POST最新の記事

  • 「嫌いではない」ことの価値をあげよう!
      「〇〇は好き?」と尋ねられたら、どう答えますか? 僕は、自分の答えに自信がなくて困る時があります。 例えば、「好き」ではあるけれど「大好き」という程ではない場合や、「〇〇も好きだけど、今 [...続きを読む]
  • 正しいは怖い③ 被害から自分を守ろう!
      今回は、虐待やハラスメントを受けた側について書きます。 そもそも、攻撃を受けることは苦痛です。 安心や安全がおびやかされる状況であり、誰でも早く逃れたいと思うでしょう。 選択肢としては相 [...続きを読む]
  • 援助という後ろめたさ
      コラム投稿も第4回目となります。 第1回目は、援助関係には不平等性が潜在しており、人の支援をしようとする者は、それに気づく、心の細やかさが大切だというお話を書きました。【第1回コラム(リ [...続きを読む]
PAGE TOP