コラム

虐待を受けた子ども達を支援する

第1回 人を支援するということ

本稿では「虐待を受けた子ども達を支援する」ということをテーマに、思いつくままに書き進めたいと考えています。

テーマを見ると、虐待という言葉の方が印象に残りやすいと思いますが、まずそのお話を始める前に「支援する」こととはどういうことなのかについて簡単に触れ、コラム連載の導入に当てたいと思います。

人を支援するということは、一般的には良いことと考えられがちです。
実際、支援が他者の善意で成り立っているということも少なくありませんし、それが悪いとも言いきれません。

しかし、支援というものを無条件に良いこととしてもよいのでしょうか?

私は臨床心理士で普段、心理療法を行なっています。
心理療法を例に、支援を受ける人と支援を提供する人との関係に目を向けてみたいと思います。
実は多くの人が指摘してることなのですが、心理療法を行なう人と受ける人の関係というのは平等な関係ではありません。
むしろ侵襲的な関係ですらあります。
例えば、専門知識を持つ人とそれを必要とせざるえない人、個人情報の開示を求められる人と受け取るだけの人、お金を払う人ともらう人…といったように、不平等性がそこに横たわっています。
こういった不平等性は、ある意味においては、クライエントが不遇な立場にあることを強めてしまうことがあります。
これは心理療法に限ったものではありません。
自分自身が他者の助けを得たいとは思っていても、自分がそういった立場に陥っていると感じることは、人の自尊心を低下させることがあります。

人の助けが必要にも関わらず、求めようとしない時、その理由の一つには、このようなことも背景にあるのではないかと思います。

我々が人を支援しようとする時、こういった不平等性に気づく、心の細やかさというものを大切にする必要があると思います。

この記事を書いた人
高田 豊司
高田 豊司 - たかた とよし -
心療内科クリニック、スクールカウンセラー、重症心身障害児施設等を経て、児童養護施設の心理職として勤務してきました。授業だけではなく、現場で役立つ実践的な学びが得られる機会を作っていきたいと考えています。また研究室が、在学中のみならず、卒業後の学生の皆さんの心の拠り所となれば考えています。

RELATED POST関連記事

  • 福祉はゴール?でもなんでもない!
      「ローマ人の物語」の作者である塩野七海さんは、著書の中で「福祉によって誇りは満たされない。」と述べています。 この言葉だけだと誤解を招く(福祉は必要ではない等)ので、今少し考えていく必要 [...続きを読む]
  • 援助という後ろめたさ
      コラム投稿も第4回目となります。 第1回目は、援助関係には不平等性が潜在しており、人の支援をしようとする者は、それに気づく、心の細やかさが大切だというお話を書きました。【第1回コラム(リ [...続きを読む]
  • “人に迷惑をかけないこと”は、難しい
    10年ほど前だったか、なにかお金のかからない、手軽な趣味を持とうと思って、「古新聞・チラシへの落書き」に熱中した時期があった。 世の中、こんなことを楽しいと思う人が他にいるかどうかは、知らない。 まず [...続きを読む]

LATEST POST最新の記事

  • 子どもの「レジリエンス」という視点
      前回のコラムでは不適切な養育のもとに育った子どもたちの愛着について書きました。 今回は最近よく聞くようになった「レジリエンス」について書きたいと思います。 一般的にレジリエンスとは「ここ [...続きを読む]
  • 30年前の願い:オリジナル応援ソングに込めた想いとは
      辛いとき、悲しいとき、苦しいとき、その人を癒やしてくれるもの、元気づけてくれるものに歌という音楽があるのではないでしょうか。 それはある方にとってはポップかもしれないしロックかもしれませ [...続きを読む]
  • 僕の歩く道
      「僕の歩く道」は2006年に放送されたドラマで、自閉症の30代の青年である大竹輝明さんが主人公である。 少し古いドラマであるが、今観ても多くの学びや気づきが得られる。 大竹さんは職場での [...続きを読む]
PAGE TOP